初投稿3-ユウタ

  • 2011年10月03日(月)

どうも初めまして
ベアーズOBのユウタといいます
現在、高校三年生です
ベアーズの六代目副キャプテン?で、イマケンの息子です

まだ高校生の僕がここに書き込んだ理由は、ヤスさんの書き込みに関連しています
ヤスさんは書き込みの最後に後輩の名前を書いていますが、あれは僕の兄なんですね
で、いつ兄は書き込むのかな〜と思いながら待っていたんですが、全く反応が無い

仕方ないので、弟の僕が代わりにといってはなんですが書き込もうじゃないかと思ったんです

しかし、ここに書き込んだOBは見事にオヤジ顔の人が殆どですね〜
……自分も含めてですが


僕は高校生という身分で、結構時間に融通が効きます
なので、去年はよく後輩たちの練習を見に行ったり、参加したりしました
そうして思った事なのですが、ベアーズは猪突猛進型のプレイをする奴が多いような気がします
僕も中学生の頃はボールを持ったら突進ばかりしていたのですが、高校に入ったらプレイ中も周りがよく見えるようになりました
プレイ中に周りを見ることが出来れば、プレイの幅が大きく広がります
そうすると、相手の様子を観察する余裕が出てきて、プレイを先読みする事が出来るのです
こういうときには相手はこう動く、こう動けば相手はこう来る
僕はあまり素早くないので相手の先を読むことで、なんとか相手についていけてる状態です
ベアーズがそういうプレイを出来るようになれば、格上の相手にも勝つ事が出来るようになるでしょう

以上が去年一年間練習にサポートとして参加した感想です

他にも、その時に言いたかったけど時間の都合で言えなかった事がいっぱいあるので、思い出した順にボチボチ書いていこうと思います

長文になってしまいましたが、読んでくれてありがとうございました

初投稿2-けいすけ

  • 2011年10月01日(土)

こんにちは!
前回のヤスさんに続きOBである、
福田佳祐が「親父の独り言」を
書きたいと思います。
ベアーズチームの四代目キャプテンですかね
なんかOBの中で一番佐野さんにお世話になっている
のではないのかなと思っています。
かっこよくて優しい佐野コーチにはとても
感謝しています(笑)

現在自分は九州学院を卒業し、
九州中央リハビリテーション学院に入学して
二年目になります。

実は先日行われた熊本県専修学校、各種学校連合大会の
バスケットボール大会でなんと…
優勝しました!
自分自身バスケットでは初めての優勝で
試合終了直後二秒ほど固まってしまいました
初体験なので優勝したという実感がわかなく
喜び方もどうしたらいいのかわからなくなりました
その後振り返りチームメイトを見ると
みんな叫んで喜んでました
すぐさまかけより抱き合いみんなで喜びを再確認しました
「ついに優勝した!大好きなバスケを続けて
本当に良かった。」と素直に思いました。
このような体験をできたのは自分が楽しく
バスケットを出来るような環境を今まで作ってくださった
両親や保護者の方々、佐野さんや井田さんなど
指導者の方々のおかげだと思います
すべての方々に感謝しています
次は11月に九州大会があるのでそれにむけて頑張ります

初投稿-ヤス

  • 2011年09月30日(金)

こんにちは!!
はじめまして、僕はベアーズOBの藤原靖裕と申します。
ベアーズチームの3代目のキャプテンをやっていました。今は、東京の一橋大学の3年で、バスケットボール部に所属し、いまだにバスケを続けています。

いきなりの投稿に驚かれる方や、誰だこいつは?と首をかしげる方もいらっしゃると思いますが、なぜ投稿したかの経緯から説明したいと思います。

先日僕の携帯に「佐野さん」からの着信履歴が残っていました。佐野さんからの電話ということでなんとなく嫌な予感がして、僕は電話をかけ直すかどうか迷いました。(冗談です。)が、いずれまたかかってくるので勇気を出してかけ直しました。

佐野さん「ヤス、元気か?親父の独り言をOBが書いたらどうかと思って電話した。お前親父の独り言を書け。」

僕は「でも僕、親父じゃないですよ??」

佐野さん「顔が親父だから問題ないだろ」

僕はまだ二十歳です。どう見たって親父には見えないでしょう。佐野さんは老眼かボケがよほど進行しているように思えます。(これも冗談です。)

そんなこんなで親父の独り言に投稿することとなりました。

ではここからは真面目に投稿しようと思います。内容は関東のバスケについてです。

僕が熊本にいる頃は、福岡はなんてレベルが高いんだ!と思っていましたが東京はさらにレベルが高いです。

一橋大学のバスケ部は現在関東大学バスケットボールリーグの4部に所属しているのですが、4部といえどうまいやつらはごろごろいます。能代や北陸の控えや、どこかの県の国体選手とかはざらにいます。僕たちの大学は能力が他チームに比べ劣るため、非常に苦戦を強いられています。僕らの大学は能力が低いですが、勝つためにルーズボールとディフェンスとリバウンドの3つを徹底して練習しています。能力がないため、そういう地道なところで勝っていこうとしています。練習も三角パスやスリーメンやルーズボールなどの練習をメインに行います。ベアーズでやってきたことと同じような練習をしています。

僕が大学に入って思ったことは、ベアーズの練習が完璧にできたら、たいていのところでは通用するということです。ですから、現在ベアーズに所属しているプレイヤーの皆さんは、練習を一生懸命頑張ってください。

では、このへんで失礼します。

僕の自慢の後輩の今福翔太君や、僕の弟で現在チャラ男になり下がった藤原聖大も投稿してくるかもしれないのでよろしくお願いします。

水虫-イマケン

  • 2011年09月24日(土)

 今日、皮膚科に行きました。水虫です。毎年のように初夏頃に水虫が発生し、秋まで皮膚科通いをするのが常でしたが、昨年はかゆみがなくなっても薬を塗り続け、先生に「完治しました。」との宣言をいただき、確かにこの夏はまったく快適に過ごしたのです。しかし、9月も終わり頃になって、まさかのかゆみと炎症発生。先生いわく「水虫菌はあちこちにいますから、どこかで拾ったんでしょうねえ。」だそうです。

 仕方ない。今度も徹底的に治すまで薬を続けます。

 ところで、バスケットする人は、バッシュをはいてるけど、水虫にかかりやすくはないのでしょうか。少なくとも子どもたちは水虫にはなっていないようです。ネットで「水虫 バスケット」と検索しましたが、あまりそういう話はひっかかって来ませんでした。他のスポーツの水虫話のほうが多いようです。英語の通称は「athlete's leg」(運動選手の足)ということで、運動選手に多いというのは欧米でも言われているようですが。

 ついでに、「水虫専科」(http://mizumushidoujyou.seesaa.net/)というブログから、いくつか面白話を紹介します。

@中国語で、水虫はスラング(俗語)的に「香港脚」(ヒョンカンカア)。正式な言い方は「足癬」。「香港脚」の由来は、アヘン戦争の時、英軍が香港を占拠し、駐在し始めた頃、香港の湿気に慣れていない多くの英軍兵士の足に痒い症状があらわれたので、何も知らなかった兵士達はそれを「香港脚」と呼んでいた。後に、台湾が西洋医学を取り入れるとき、同じ症状を間違って、「香港脚」と訳したため、広がったといわれている。

A動物園にいるペンギンに、水虫薬を使うことがある。南極周辺の空気のきれいなところに生息するペンギンを日本で飼育すると、呼吸器官にカビが生えて呼吸困難になる病気になることがある。その治療に、霧状にした水虫の薬を吸入させる治療をする場合がある。水虫のもととなる白鮮菌もカビの一種なので、効果がある。

Bナポレオンの肖像画に、しばしば腹部に手を差し入れたポーズを見かけるが、あれはへその周りに繁殖した「水虫」を掻いているという噂がある。この場合は正確に言うと水虫ではなく「タムシ」(足にできるのが水虫、体にできるのがタムシ、股間はインキン。原因は皆同じ白癬菌。)だが、実はお腹がかゆくてたまらないのでポリポリ掻いているのだ、という鋭い分析。しかし、本当はタムシではなく疥癬(カイセン)だと主張する人もいる。疥癬はヒゼンダニが原因なので水虫とは無縁。で、真実はどうだったのか。それは歴史の深い闇の中につつまれている。

C漫画・鉄腕アトムで知られる手塚治虫さんは、実はひどい水虫になったことがあるそうだ。手塚治虫は医師免許も持っている名漫画家。医師免許をとるきっかけになったのは、実は水虫。自身の水虫がひどくで、両足切断寸前まで行った所を、病院で治療してもらい、それに感激して医師を目指すようになったとか。水虫が原因となって、両足がはれあがることがある。これは、皮下の蜂窩織(ほうかしき)という部位で細菌(水虫菌あるいは雑菌)が急速に異常繁殖する蜂窩織炎という症状で、重症の場合には足を切断することもある。

 なお、俳句で「水虫」は夏の季語として確立しているそうです。へえ。

単身や 水虫薬塗る 夕べ

キッズキャラバンお世話になりました-グッチ

  • 2011年09月16日(金)

キッズキャラバン イン 人吉に行ってきました。

いつもの体育館での練習とは違い、息子のYも目がギラギラしていたような気がしました。

11月27日のイン天草も是非行ってみようと思います。

指導していただいた皆様、設営から指導のお手伝いまでしてくれたベアーズのお兄ちゃん・お姉ちゃん方、本当にお世話になりました。

おはぎ-イマケン

  • 2011年09月15日(木)
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 先週末、スーパーに行ったら、「彼岸コーナー」が早々とできていました。そして、衝動的におはぎを買って来ました。たまに甘いものが食べたくなるのです。

 さて、「「おはぎ」と「ぼたもち」の違いは何か。よく聞くのですが、調べてみました。「「暮らしのAll about」(http://allabout.co.jp/gm/gc/223752/)によります。

@季節により使い分ける。秋の彼岸頃は「おはぎ」、春の彼岸頃は「ぼたもち」。

A秋に咲く赤い花の萩から「萩の花」、春の赤い花から「牡丹餅」と名づけたのが、転じて「おはぎ」と「ぼたもち」になった。元々は「牡丹餅」は牡丹に似せて大きく、「萩の花」は萩の花に似せて小さく作った。

B彼岸は先祖供養の日。ご先祖様に供えたもので、材料の小豆(あずき)の赤色は邪を払う意味を持つ。

C秋は小豆収穫の時期で、皮のやわらかい小豆が使えるので粒あん、春は保存した小豆で皮が硬いのでこしあんを使った。

D夏と冬の呼び名もある。もち米を使うが、ペッタンペッタンと餅つき(搗き)をしないので、「搗き知らず」のシャレから発生した呼び名。夏は「夜船」(←着き知らず)、冬は「北窓」(←月知らず)という。

 以上、おはぎの雑学でした。

 岩屋山の登山道に向かう途中の市道にも萩が咲いていました。秋です。

再チャレンジ岩屋山-イマケン

  • 2011年09月14日(水)
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 先日、岩屋山(475m)に登ろうとして、途中で断念したことを書きました。

 そして、先週土曜に、再チャレンジしました。
今回は時間にも余裕を持ち、水も用意したりして登りました。

 結局、前回引き返した地点はまだ中間くらいのところでした。山の尾根づたいに登り口へと導く道の途中という感じ。今回、そこからしばらく行くと、ちょっと広くなったスペースがあり、丸太の手作りベンチみたいなのがあって、山頂から降りて来たらしい人が数人、語らっていました。

 ああ、ここからが本当の登りなんだと思い、進んで行くと、傾斜が段々きつくなり、いよいよ山頂に行くぞという感じになって来ました。

 そして、自然石を積んだ急階段が登場。おお、これを登れば頂上かと期待は高まる一方で、終わりの見えない階段に、既に疲れの見える我が脚には一抹の不安が。

 とりあえず必死に登る。両手を両方の腿に押し当てながら、ヨイショヨイショと登る。が、ついにたまらず、途中で休憩。500mlの水の半分を飲み干して、息を整えて、再スタート。

 相変わらずのヨイショヨイショで登り、なんとか石段終了。普通の山道になり、上のほうの視界が明るくなって、ようやく山頂っぽい雰囲気が漂って来ます。ようし、もう少しだ、がんばるぞとよろよろ行けば、ついに頂上到着。目的達成だ。

 帰りは帰りで、ひざが笑う状態で、先に降りる人のスピードの速さについていけない情けなさ。

 運動不足、体力不足を痛感しました。今後しばらく、何度か登り、休憩なしで登れるようになろうと思ったのでした。

 写真は心臓破りの石段です。

バスケ観戦2-イマケン

  • 2011年09月11日(日)

 今日は長崎市の中学校の大会の準決勝・決勝でした。

 男子決勝は、私の期待どおり、小ケ倉中対淵中。

 小ケ倉中は、かつて見た圧倒的強さのチームに比べ、今ひとつという感じで、前半苦しんで淵中に10点以上のビハインド。

 しかし、後半に入って小ケ倉がオールコート・マンツーマンでプレッシャーをかけて来ました。

 そうすると、淵がリズムを崩し、次第に逆転。逆に小ケ倉が10点近くの点差をつけます。

 しかし、淵も粘り、4Q残り30秒頃、3点差まで近づきましたが、ここまで。最終的には7点差で小ケ倉の優勝となりました。

 最後まで力の入るナイスゲームでした。

 見に行って良かった。

 それはそれとして、関東学生リーグの東大ですが、4戦終わって1勝3敗。リーグ順位の格下にも敗れ、3部維持があぶない状態です。聞けば主力のインサイド2人が負傷欠場、1人がだましだまし出ている状態とのこと。ショウタはSG中心にアウトサイドの要員として15〜20分程度出ているそうです。う〜ん、こちらも気になる。

Re:秋。-イマケン

  • 2011年09月10日(土)
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 魚好きの私、ケイジャーズニュースのさんまの写真を見て、無性にさんまが食べたくなりました。

 ただ、さんまを焼くと、ガスコンロの後片付けが面倒くさいので、スーパーでもなかなか手が出なかったのですが、今日はいつもより遠くのスーパーまで行き、焼いたのを買って来ました。

 そして、ビールとともに、完食。 うまかった。

 写真は食後の姿。内臓も小骨もしっぽも残さず食べます。若い頃は頭も食べてました。人によっては皮を残す人もいますが、香ばしくておいしいのに、もったいない。

 でも、今までで一番おいしいと思うさんまは、子どもの頃、畑仕事に行って、おにぎりと一緒に食べた、焚き火で焼いた塩さんま。最近は脂ののった生さんまが手軽に手に入りますが、あの頃食べた保存のため塩の利いたさんまに勝るものはありません。やはり食べる状況が重大な要素でしょうか。

 落語「目黒のさんま」じゃありませんが、さんまは畑に限る。なんてね。

おかげさまで-ナガチカ

  • 2011年09月06日(火)

練習は決してをつかない

努力は必ずわれる

今日は、たまたま目にとまった方が紹介されていました。
次のHPに写真が掲載されました。
『部活報告会』

上の言葉を信じて、頑張っていきたいと思います。