練習を重ねていくと、稀に「スタンディングオベーション」的な保護者からの拍手が体育館に響きます。
本当に「感動」します。
大会や試合でなく、日ごろの練習の積み重ねの中、このような「スタンディングオベーション」的な拍手が生まれ、「感動」の瞬間を味わえることは、バスケットを指導しててよかった…と思える瞬間です。
ここ数年、こういう感触はありませんでしたが、子供たちの頑張りと保護者の応援が最高潮に達しました。
震災があり、練習場所がなくなり、どんなに遠くても練習に参加し練習を積み重ねたこともあったと思います。
技術がどうのこうのでなく、子供が精神的に壁を突き破った瞬間です。
当日、保護者は4名でしたが、その4名が子供たちに精一杯の拍手をおくりました。
スタンディングオベーション (Stainding ovation) の本当の意味は、観劇やコンサートなどでの観衆総立ちの拍手喝采のことです。素晴らしい演奏や演技、プレーを見せたプレイヤーに送られる、観客からの最大限の賛辞です。
…ですが、私はこの状態を「スタンディングオベーション」と同じ価値があると思っています。
今回の合宿は、とてもいい練習ができてよかったです。
今は、日常でなく、非常の状態です。
この日常と非常とのギャップは、人によって違います。
また、同じ人であっても、日によってギャップの差が違うことが起こります。
毎日、日常に向かって努力し頑張っても、足並みが揃いにくく、ペースも様々です。
私の近所でも、まだまだ避難所(学校体育間など)で寝泊りしたり、そういえば近所の引越しも多かったり、家の取り壊しも多かったり…、日常までは相当な時間がかかりそうです。
震災後、朝が来ることの喜びがあります。
震災が、たまたま夜だったかもしれません。車中泊から始まり、朝が来る様子を何回も見ては、少しほっとしていました。
そして夜が来ると、何事もないように…と思いながら寝付いています。
毎日、そういう繰り返しで過ぎていきます。
いわゆる日常のありがたさを感じています。
そういえば、最近、体育館を借りる際、管理人の方が地震が起きた時の注意を促すようになりました。
毎日、まだまだ余震があり、いつまで続くのだろうか、毎日、夜が来て朝が来るときの感覚はもう消えないのだろうか…。
とにかく、夜が終わり、まわりが薄ら薄らと明けていく感じはほっとします。
高校総体も終わり、その後の夜間でベアーズの練習でした。
まず、総体をみて感じたことを練習に取り入れました。
身体と身体のぶつかり合いに負けないことです。
この中には、実は身体の前に心があります。
心を鍛えるために身体を鍛える。
身体を鍛えることによって、心を鍛える。
今日、初めてした練習に、子どもたちも戸惑っていました。(笑)
すると、見知らぬ人が体育館のフロアにやってきました。
どのたかわからないまま、練習を続けたところ、その見知らぬ方は、本当に全く知らない人でした。(笑)
大声を出しながら、身体をはった練習でしたので驚かれた(?)かな…と思いつつ、彼と話をしました。
彼は、県内のクラブチームのナンバー1チームでバスケットをしていて、今は仕事で一年くらいボールを触ってないということでした。
ということは、今している練習の意味合いは理解します。
彼が帰る前に、一言子どもたちに言葉をもらいました。
やはり、その練習のことにも触れて話をしてました。
どんなにトレーニングを積んでも、身体のぶつかり合い、心のぶつかり合いに勝たなければ意味がないのです。