大川、柳川-イマケン

  • 2015年03月29日(日)
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昨日は、家具について調べ物をするために、西鉄柳川駅まで行き、バスに乗り継いで大川市の図書館へ。

大川の市立図書館が大川中央公園の隣りだったので、花見見物的に散歩も。おかげで大川までで9千歩稼いだ。

大川市の主要産業は、もちろん「家具」。日本一の産地だ。

市の北側を流れる筑後川の上流は、大分県日田市。「日田杉」の産地であり、上流からいかだを組んで運んで来た木材の積出地(河口港・若津港が栄えた)だったが、その木材を加工する産業として家具製造が栄えたようだ。

残念ながら今、家具製造・販売は日本人の生活スタイルの変化、安い輸入品の流入などで衰退の一途をたどり、大川の家具業者も最盛期の10分の1。特徴や工夫のある業者しか生き残れない厳しい状況。安い輸入品との関係で値上げもできず、熟練の家具職人の月給が20万円とは、やるせない。

厳しい家具産業の状況を調べた後は、バスで柳川へ。ここで、歩いて歩数を稼ぐ。折から柳川は、「柳川城下ひな祭、さげもん祭」の実施中で、観光客多し。

今回は、これまで何回か訪れた、船で巡るようなメジャーな場所(南側)と反対側(北側)を徒歩で歩いた。

まずは、今日、流鏑馬が奉納されるという三柱神社。ここは柳川藩祖などを祀る由緒ある場所。流鏑馬の走る参道は重機を使って馬道を整備中。高畑公園を併設して、ともに桜が植えてある。4〜5分咲きなれど、陽気は最高で、花見客もちらほら。照明、椅子、バーベキュー器具まで完璧に準備して場所取りしているところもあった。

あとは、水辺散策道路を廻る。

興味を引いたこと、その1。カメが多い。川下り船の通る場所では見えなかったが、そうでない場所では10メートルに1匹は、ぷかぷか浮いていた。夜店などで売っていたミドリガメの大きくなったやつで、外来種。以前、川下り船に乗ったときは、ジャンボタニシの毒々しいピンク色の卵を見ていたので、外来生物の実力をさらに見せ付けられた気がした。

その2。「五足の靴」。明治時代の歌人5人(与謝野鉄幹、北原白秋など)が九州を旅した時の紀行文。我が故郷天草も訪ねていたが、当地を拠点としたそうな。確かに白秋の故郷だから当然といえば当然か。

その3.宮川温州みかん発祥の地。みかん農家の息子としては、気になるのだ。宮川さんという人がもらって、接木して作ったみかんの一枝が変異して、全国に広がる早生温州みかんができたのだそうです。これには、明治時代に柳川藩の元殿様・立花伯爵が絡んでいて、大牟田にもその関連遺産があるので、別途書きたいと思っています。

もうひとつは、日吉神社。ここは、柳川のみならず、柳川藩の支配下にあった筑後市や八女市なども含めた広域な地元の神様だそうで、鳥居を巨大なおかめの面で覆ってあったのと、丁度神前結婚式をやっていて、終わったら川上り船(縁起かつぎのため「川下り」はまずい。)に乗り込むため船を準備していたのが良かった。

以上で、柳川関係で1万歩以上を稼ぎ、暑かったこともあって、帰って体重を量ったら、1.2sのダイエットもできた。

大成功!