
大変ご無沙汰しました。
トライアンフが綾杉杯に行った日、綾杉杯はユウタにおまかせし、午前中雨も降っていたので、我が家はのんびり。
私が熊本から大牟田に帰るということで、妻とダイキが車で送ってくれました。
で、時間に余裕もあったので、大牟田ラーメン食べて、普光寺の臥龍梅でも見るかと、行ってみました。
すると、まだ4分咲きくらいでしょうが、かなり綺麗に咲いていました。臥龍梅だけでなく、他にもしだれ梅やら各種の梅の花が咲いていて、きれいでした。
雨上がりで見物客も少なくてゆっくり見れました。
普光寺は、昨年7月の着任以来、何度か散歩に来ているのですが、閑散とした山寺という感じでしたが、初めてにぎわっているのを見て、また、臥龍梅の咲き誇るのを見て、この寺を見直しました。やはり大牟田の数少ない観光地です。
他の季節にも何かセールスポイントがあればいいんでしょうが。ただ歴史的価値だけなんですよね。
そして、その後、旧三池藩の陣屋跡などを見に行ったところ、何かイベントをやっています。それが「三池の初市」でした。そういうものがあるという知識はあったんですが、偶然行き当たったのです。
こちらも見物。500メートルあまりにわたって道の両側に露店が立ち並び、かなりのにぎわいでした。
故郷の天草にも年に一度「本渡の市」という市が立ち、みんなこぞって出かけていたことを思い出しました。春の「招魂際」と秋の「本渡の市」は、年に2度だけ本渡に行けるハレの日だという感じでした。
三池街道(南関〜荒尾〜三池。さらに柳川までつながる。)の宿場町に立つ市だから、かなりにぎわったんだろうなと思いましたが、翌日の地元紙にも書いてありました。
三池街道沿いの遠近から人が集まり、九州最大級の春の市であったと。花かごや刃物、苗木などを販売したり、産物を物々交換したりしていたのが始まりだったそうです。
本渡の市も、天草の人々が苗木、刃物、農耕用具、陶器などを買い揃える市であったように思います。それに付随して色々な露店や見世物・サーカスなどが軒を連ね、子供にとっては、夢のような空間で、わくわくしました。
いまやこのようなハレの空間がなくても、いつでも車でショッピングモールに出かければ、小さな「市」のようなにぎわいを味わえます。そうすると、「市」のワクワク感は昔とは比べようもなく小さくなってしまっているように思います。
こう考えると、昔の人にとっては、三池の市と普光寺の臥龍梅を見物するのは、これから始まる農作業にそなえて、用具を調達するとともに、英気を養い、また、一年の無事を神仏に祈る本当に年に一度の楽しみだったのではないかと、思いを馳せたのでありました。