世界遺産候補を巡る大牟田お散歩日記です。
まずは、坑口巡り。
坑口とは、炭鉱への出入り口です。
【宮原坑】
大牟田市の南東部にあります。行ってみたら、綺麗な駐車場ができていました。そして、廃墟のようなレンガ造りの建物と巨大な鉄鋼製のヤグラがありました。管理事務所みたいなのがあるのですが、無人。どうも開設日は限られているようです。あまり親切ではないかな。
この建物と巨大ヤグラは、明治時代の炭鉱に導入された蒸気機関の巨大ウインチの施設です。
他の炭鉱では人間がしゃがんで動かざるを得ないような細い坑道でしたが、三池炭鉱の炭層は大きかったので、人が立って歩くどころか馬車も出入りできるような大きな坑道でした。
そこで、蒸気機関で動く大きなウインチ(鉄鋼製のケーブルを巻き取ったり、払いだしたりする装置)を設置して、石炭や資材をそのウインチで出し入れしていたようです。
【宮浦坑】
こちらは大牟田駅から北東にちょっと行ったところにあります。先日書いた「サンマ祭」のあった工場の近くです。
ここの特徴は小さな公園になっていること、煙突があること、掘削機械、トロッコが展示してあることです。
「炭坑節」に、「月が出た出た 月が出た ヨイヨイ 三池炭鉱の上に出た あんまり煙突が高いので さぞやお月さん 煙たかろう サノヨイヨイ」と歌われたあの煙突がこれだと、説明書きがあります。レンガ造りの巨大な煙突が綺麗な形で残っています。
掘削機械やトロッコに関していえば、明治時代のものではなく、多分昭和時代のものでしょう。石油や電気を使ったものですから。(明治時代は手掘りです。)
でも、なぜ煙突があるのか。私も最初、わかりませんでした。
調べると、炭鉱の坑道の中で石炭を焚いて蒸気機関を動かしていたのです。蒸気機関のポンプで炭鉱に出てきた水をくみ出したりしていたそうです。また、その煙突から温まった空気を排気するときに、ついでに坑道の中にたまった汚れた空気も上昇気流で一緒に排出する効果もあったそうです。
なお、炭坑節の元歌は、筑豊炭鉱(毎年春に、トライアンフの参加する「ぼた山杯」の行われる飯塚市周辺です。)の作業歌で、それが旦那衆の通うお座敷歌になり、レコード化されて流行歌になる過程で、炭鉱として有名な「三池炭鉱」のものとされたが、元は三井鉱山の筑豊炭鉱の煙突を指していたらしい。
【万田坑】
こちらは、(福岡県)大牟田市ではなく、隣の(熊本県)荒尾市にあります。大牟田市の南西、荒尾市の北東部です。
要は三池炭鉱は大牟田と荒尾にまたがっていたのです。三井鉱山三池炭鉱の社宅も両市にまたがってあり、同じ経済圏です。
万田坑は、最も施設が充実しています。資料館もあります。ボランティアガイドもいます。施設も、建物がかなり残っていて、炭鉱の人々が実際にどのような建物にいたのかがわかります。巨大な鉄鋼製ヤグラ(例のウインチ)の機械室とかもきちんと残っていて見学ができます。
この万田坑では、この夏、映画「るろうに剣心」(実写版)が撮影されたので有名になり、見学者も増加。小生が行ったときも、コスプレの若者が数名訪れて、記念写真を撮っていました。・・・・薄暗い施設の中に突然見えたので、正直どっきりしました。
【鉄道敷跡】
宮原坑跡の周辺にレールはなくなったが、明らかに昔レールがあったなと思える場所が確保されています。
また、万田坑に行く途中にもそういう場所がありました。
これが「鉄道敷跡」です。あちこちに分散された坑道から掘り出した石炭を積み出し港まで運んだのが専用鉄度です。もちろん蒸気機関車。これら鉄道敷跡も世界遺産候補になっています。
【三池集治監跡】
これは、世界遺産候補ではないのですが、宮原坑跡に行く途中にあります。と言っても、一部外壁のレンガ造りが残されているだけなのですが。
それは県立三池工業高校の外壁の一部に残ったレンガ塀です。
三池炭鉱の石炭掘りは過酷な作業であり、この作業に明治時代、囚人が駆り出されたのです。その囚人の集められた施設の跡です。
ちなみに、巨人軍の原辰徳監督の父上、原貢氏は佐賀県鳥栖市市出身。ノンプロの東洋高圧大牟田(現三井化学)で活躍し、三池工業高校の監督として甲子園で全国優勝させました。(その後、東海大相模へ転進)