
本日も長崎お散歩日記です。
予定では、春徳寺→東海氏の墓→シーボルト宅→妙光寺→烽火山のつもりで出かけました。
まずは春徳寺。ここは、その昔領主の長崎氏がポルトガルの宣教師に布教を許可し、トードス・オス・サントス教会が置かれた跡地として有名らしいですが、今は普通のお寺さんで、法事とおぼしき方がいらしてました。
そして、その寺の墓所の奥のほうに、東海氏の墓があります。東海氏というのは、長崎で10代続いた唐通詞(通訳)の一族の大規模な墓です。唐獅子の頭をかたどった円柱の唐獅子の目には金がはめ込まれて、長崎港に入った中国船の目印になったという話もあります。しかし、今は古びてしまって金の目玉もなく、県の文化財になっていなけりゃ、忘れ去られそうな感じです。
続いて、シーボルト宅跡。ここは、妙光寺に行くための経由地で、ここの前の細い谷沿いの道路をひたすら登って行けば、寺に着くはずです。紅葉が美しいらしいので、下見に行っておこうというのが目的です。見ごろは12月初めらしいので。
こんな所まで人家があるのかというほど、谷の深くまで両側に家が建っています。さすが長崎。住所は鳴滝3丁目なので、街中っぽいけど、場所的にはまさに谷です。
そして、民家が途絶えたその先に、意外にも大きな日蓮宗のお寺がありました。下のほうにお客さんを収容する大きな施設があり、そこから上に向かって坂道や石段があり、途中にも観音様や天神様などの社があり、小さな滝(というにはあまりに小さいいのですが)と観音様があったりと、雰囲気が高まります。
そして、一番上にこれまた立派な本殿があります。
確かにいくつかモミジがあるので、紅葉シーズンにはきれいでしょう。
由緒書きによると、このお寺、最初は千葉から鬼子母神、次に京都から妙見様、さらに熊本の本妙寺の清正公様まで祀って三神宮とも呼ばれていたということで、神仏混淆の信仰の山のようです。
ここからさらに、烽火山へと向かう予定でしたが、登り口がわからず、また。ここまでで結構疲れてきたので、今回はここまでにして帰ることにしました。ま、森林浴はできたかなと。
それから、今回の意外な収穫は、妙光寺の下のほうにある小さな雑貨屋さんで、道聞きついでに買った「栗あんぱん」が存外おいしかったことです。(岐阜県の酵母工業(有)という会社の、パネトーネ酵母使用のロングライフパンと書いてありました。)
次回はもう少しリサーチして烽火山まで行きたいと思います。
写真は、妙光寺から見た長崎港です。