紫陽花-イマケン

  • 2013年05月26日(日)
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「紫陽花」と書いて、「あじさい」と読みます。

長崎では、「ながさき紫陽花まつり」が始まりました。この場合、「紫陽花」は「おたくさ」と読ませます。

幕末、黒船のペリー来航より30年前に長崎の出島オランダ商館付医師として来日したドイツ人医師・科学者のシーボルト。

彼が日本人妻としたのが「お滝さん」。シーボルトがヨーロッパに日本の植物を紹介する時、アジサイの学名に妻の名をつけ「オタクサ」としたのです。つまり、アジサイの学名がオタクサというわけです。

この時期、市内の数箇所にアジサイの鉢植えが飾られます。

本日、小生も仕事帰りにめがね橋周辺とシーボルト記念館を見物して来ました。が、正直、少し期待はずれのイベントです。・・・申し訳ないが、ただ、アジサイが置いてあるだけですから。

今日の収穫は、シーボルトの息子について新知識を得られたことです。

おたきさんとシーボルトの間に生まれた娘の楠本いね(オランダおいねとも。)は、日本最初の西洋式産婦人科女医となったところまでは知っていましたが、オランダに帰ったシーボルトは故郷でも家庭を持ち、その長男と次男は明治時代、日本に来日し、外交官として活躍していました。特に長男は日本の外務省にも勤務したようです。

シーボルトも、日本の研究をヨーロッパに伝え、二度目の来日時には幕府の顧問となって日本の国に尽くしましたが、息子たちも、父親に負けず劣らず、日本のために働いていたことをシーボルト記念館で知りました。

それにしても、今日も長崎は暑かった。アジサイもやや疲れ気味に見えました。

やはり、アジサイには雨のほうが似合います。