12月30日、長男の私としては、もちつきや正月準備などで実家の天草に帰らなければならないので、飲み会に出られなくて残念です。北原さん、おめでとうございました。
昨日から仕事が始まり、ようやく通常モードに戻りつつあります。
年末はバタバタで全部読めなかった、ウインターカップの公式HPの現地レポート(http://www.japanbasketball.jp/wintercup/2012/column/)の残りを今朝読み、心に残ったものを紹介したいと思います。題して「尽誠学園の信じるチカラ」。(紙面の都合で一部割愛等しています。ご容赦を。)
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アルベルト・アインシュタインが言っている――他人のために尽くす人生こそ、価値ある人生だ。香川・尽誠学園の野田康平はまさにその言葉どおりの高校3年間を送った。
「雄太、残り時間を見ろ!」「寛大、手を上げろ!」 「我慢、我慢。今、我慢だぞ!」
ベンチで誰よりも声を張り上げ、気付いたことをコート上のメンバーに伝えていく。シュートが決まれば飛び上がり、ベンチメンバー全員とハイタッチをかわしていく。
「ベンチメンバーがコートの中のプレイヤーを信じて、雰囲気を盛り上げていけば、コートの中は持ち上がる。」と野田は言う。
野田のそういった声かけや応援は想像以上にコート上の選手たちの力になっていた。
エースの渡邊雄太は言う。
「野田はボクがちょっとイライラしているなと感じたら、いつも『まだ大丈夫だから、落ち着いて』と声をかけてくれます。そうしてくれることで僕自身も心にも余裕が生まれて、プレイに集中できるようになります。普段の生活でも、僕が精神的に落ち込んでいるときに声をかけてくれたり、僕にとってはあいつの存在が本当に大きいです。」
渡邊だけではない。主力の7人はみんな同級生なのだが、連戦の続く試合のあとなどにはその7人に自ら「マッサージ、必要ない?」と聞いてくるそうだ。
だが色摩拓也コーチは今大会のエントリーメンバーを選ぶ際、その野田を落とそうと考えていた。今年のチームは3年生中心のチームで力もあるが、来年のことを考えると少しでも1・2年生に全国のレベルを経験させておきたい。試合出場の可能性が少ない3年生には「メンバーに入れない可能性がある」と伝えていたという。
しかし遠征で、野田らを学校に残した際、一緒に残った下級生の部活ノートに「野田さんが『自分たちは遠征に行っていないけど、行っている選手よりもいい3日間を送ろう』と言ってくれた」と書かれていた。
また5対5の練習でも渡邊中心のAチームに対して、野田はAチームの甘くなりそうなところでシュートを決めて、注意を喚起する。
裏方のことがしっかりでき、なおかつ自分のプレイもしっかりと表現できる。色摩コーチはいつしか「この子はメンバーに入れなければいけない」と心変わりをしていた。
ウインターカップでチームは2回戦で埼玉・正智深谷にリベンジを果たし、準々決勝、準決勝も厳しい試合を勝ち抜いて決勝戦へと進んだ。
準々決勝の福岡・福岡大学附属大濠との試合後、野田について聞かれて色摩コーチはこう言っている。
「昨年もそうだったんですけど、3年生が着替えを持ってきたり、水をすぐに渡したり、片づけでパッと動ける年のチームは強いということを言ってきました。今、野田のやっていることがチームを救ってくれているかなと思います。」
そしてこう続けるのだ。
「野田こそチームの象徴というか、これぞ尽誠バスケットだと思ってください。」
決勝戦では、宮崎・延岡学園に68-66で敗れた。しかし野田は最後の最後までコートの上の同級生を信じ、声を出し続けていた。
「全国優勝を目標にしてきたので準優勝は悔しいですが、チームメイトには感謝しています。他にもエントリーメンバーに入れなかった3年生がいるなかで、そのみんなの気持ちを最後まで信じてプレイしてくれたから、感謝しかないです。」
最後までチームメイトのために尽くし、感謝を忘れない野田は2012年度の尽誠学園バスケットボール部にとって、とても価値のある「15番目の男」だった。
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チームワークとは、コート上でプレーする選手だけのことに限らない。補欠もスタッフも、チームの末端に至るまでのひとりひとりが、常にチームのことを考えてチームのために今自分ができることを頑張ること、そして信じあうことがチームワークなのだ。そんなことを考えさせられる一文でした。